私の価値観:Ⅲ.生・現場・ざらつき感のある一次情報に触れて感じる。

こんにちは!

谺(コダマ)ッチャンこと、児玉朋己です。

お元気ですか? 私はボチボチです。

 

今日は、私の価値観をお届けします。

Ⅲ.生・現場・ざらつき感のある一次情報に触れて感じる。

です。

 

生・現場・ざらつき感のある一次情報に触れて感じる。

そこからしか、生きるエネルギー、生きるための知性は生まれない。

 

説明

私はもともと、子供のころから本が好きでした。

 

本とレコードが大好きだった

小学生になると、一年生のころから「学研の学習と科学」が大好きになり、毎月自宅まで届けられるとその日のうちに全部読んでしまったものでした。
学年で2年下だった弟の分まで、隅から隅まで読みつくしました。

もっと言うと、毎年新学年が始まり教科書が手に入ると、授業に関係なくそれらを一通り読んでしまった時期もありました。

本が大好きだったのです。

 

また、小学校の高学年になると音楽も好きになり、毎月小遣いを得るとすぐにレコードをレンタルしてきてたくさん聴いたものでした。

 

自分は素晴らしい経験をしてきた

かつて、自分でこういった過去の自分を振り返ったときには、「俺はなんて素晴らしい経験をしてきたんだろう」と思っていました。

ところが、そういう自己認識に疑いを持つことになる出来事がありました。

 

坂本龍一のある言葉に遭遇したのです。

 

坂本龍一の言葉

それは、イエローマジックオーケストラの成功で一時期は時代の寵児だった坂本龍一が、若い音楽家に向けて苦言を呈した言葉でした。

何の雑誌だったか、また、正確にはどんな言葉だったかは覚えていないのですが、だいたい次のような意味のことを言っていました。

最近のミュージシャンが自分の音楽のルーツを語るんだけど、それがほとんどレコードやテープで聴いてきたものなんだ。それがルーツだなんて、ちょっと危ういんじゃないか?(大意)

坂本龍一

 

坂本龍一は、クラシックでもロックでも、生楽器による生の演奏を直接聴く機会がどれだけあったのか? ということを問題にしていました。

 

自分はひどく貧弱な経験をしてきた?

私はそれを読んで、自分の過去の体験・経験は、実はひどく貧弱なものだったんじゃないかと気づかされたのです。
私の音楽体験はほぼすべてテレビ・レコード・テープでした。

ライブに行ったのは、大学に入ってからZELDAを見に行ったことがあるだけでした。
あとはサークル仲間の歌と演奏ですね。

 

私は、生のコンサートを見に行こうという発想があまりなかったのです。

 

また、音楽以外については、私の経験は本によるものが大半だったといえるでしょう。

 

 

「それって、危ういんじゃね?」と気づいたんです。

 

本やレコード・CDは代用品(素晴らしいものだけど、、、)

本やレコード・CDは素晴らしいものだけど、それがすべてだと思うなら勘違いなんですね。
それらは代用品なんです。

『のだめカンタービレ』では、主人公の一人千秋真一は、幼い頃から生のオーケストラに親しんでいたことが描かれています。

そんな環境にいられたら、確かに素晴らしい音楽の原体験ができますよね。千秋が優秀なのは、そういうバックグラウンドがあるからでしょう。

フィクションを別にすると、本やレコード・CDはあくまで二次情報だと分かっていることが大事だと思います。

 

一次情報って?

私が今ここで言っている一次情報って、生・現場と呼ばれるものです。

 

プライベートでは、次のようなことかなぁ。

  • 散歩をして陽の光を浴びる。
  • 浴びて感じる。
  • おいしいものを食べる。
  • ライブ(音楽・演劇・他)に行く。
  • ミュージカルの練習をする。
  • 作詞・作曲する。
  • 内省・瞑想をして自分を体感する。

 

私の今の仕事においては、こんなこと?

  • 利用者さんと同じ場にいて一緒に過ごす。
  • 利用者さんと対話する。
  • 利用者さんと一緒に遊ぶ。
  • 利用者を増やすための方策を考える。
  • その方策を実施する。

 

そこからしか、生きるエネルギー、生きるための知性は生まれない。

そうやって生・現場に身を置くことで、生きるエネルギーや生きるための知性が生まれてくるんだと思っています。

 

まとめ

こういった話の展開からすると、「だからVR(バーチャルリアリティー)は偽物なんだ」とまとまりそうだけど、そうはいかない。

VRは、一次情報による生の実体験で絶対だと思っていたことが、実は感覚によって構成された仮想にすぎないかのもしれないという驚きをもたらしたけど、その驚きがまだ浸透してはいないから。

実体験は仮想なのかもしれないから。
仮想こそがリアルなのかもしれないから。

 

VRはさておき、本やCDは便利なものだけど代用品なんだってことを忘れないでいたいと思います。

 

 

では、また。

 

追伸

代用品のはずの本やCDによってリアルを十二分に体験できることがあることを否定しません。
本やCDもVRの一種だと思います。

 

 

 

生きるって何だろう? 生命って何だろう?
谺(こだま)

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ABOUTこの記事をかいた人

谺(コダマ)ッチャンこと、児玉朋己といいます。シンガー・ソング・ピアカウンセラーをしています。 静岡県藤枝市にある自立生活センターのおのころ島が運営している地域活動支援センター「りんりん」の施設長として精神障害を持つ方へピアカウンセリングを行うほか、シンガーソングライターとして音楽活動をしています。